WordPress のTCDテーマ「SKIN」で “data-vocabulary.org” を “schema.org” に書き換える。

結論

WPの外観>テーマエディタで「breadcrumb.php」を手で修正する。

きっかけはGoogle Search Console

breadcrumb.php(その名のとおり、パンくずリストのPHP)のボキャブラリURLにガッツリ書いてあるので、 schema.org に修正する。全部で10箇所くらいあった。

そもそも、今回編集したテーマ(SKIN)のバージョンは 1.0.6 と、最新が 1.7.1 である2021年2月23日現在でも、化石に近い古さになっているから、本来であれば最新にアップデートするところだが、諸事情があり保留(ちなみに、このサイト hiro-lab.net ではない)。

ということで、現在で需要がある情報かは謎だけど、せっかく調査したり対応したので記すことにした。

サイト構成によっては fanction.php とかに当該部分があるようだが、上記テーマの場合は breadcrumb.php と、ご丁寧な?作りになっている。しかも、変数指定とかじゃないから、全部書き換える必要がある。正直、この作りはいけてないと思う。。

ちなみに、きっかけは Google Search Console だ。最近設定して様子を見ていたら、パンくずリストでエラーが上がりまくってて、調べたら 「”data-vocabulary.org” 使ってるから “schema.org” にしてね」って内容だった。前者はもう終わってる…。なるほど、そりゃ修正の必要あるなってことで対応。

構造化データについて学ぶ(いまさら)

そもそも data-vocabulary.org とか schema.org ってなんだっけ?ということで調べると、「構造化データ」という文字が出てきた。構造化、、、この響き苦手なんだよな、と。体系化とか構造化とか、イメージしづらくて敬遠していたんだけど、少し調べたら分かった。

そもそもセマンティックWeb、だな。これだ。セマンティックWebとは、文字を単なる文字じゃなくて、意味や背景まで含めてコンピュータに伝えたいって、思想が走りらしい。

何を言っているかと言うと、例えば「太郎」という文字は「名前なんだよ」って分かってもらうってこと。これを整理したのが構造化データ。要するに、「この書き方をされた文字は、こういう意味なんだ」って決めたルール。

そういえばXMLとかJSONとか、まさにこれだな、と。型とプロパティのセット、みたいに書いていけば意味をコンピュータに伝えることができるから、検索結果も進化させることができるということか。

リッチスニペットもこれのおかげで実現できている模様(Google検索したあとに、リンクの下側ににょにょにょって出てくるサブリンクみたいなやつ)。

セマンティックWebって良いアイデアだな、といまさらながら思った。20年くらい前から言われてるよ(それ以上か?)。

参考サイト

Hard Workの必要だと思う。

結論から言うと、僕は Hard Work は必要だと思っている。今はこれからの時代に合わないことは百も承知だけど、やはりそう思っている。

ジレンマは睡眠(自分のコンディション)とアウトプットの関係性。

良い睡眠を摂ることはとても重要で、コンディションが整っていれば、よりはやく質の高いアウトプットが出せるから、結果的に、寝てないよりも寝た方が良いのかもしれない、と感じる。ここは、自分への調整なので、試行錯誤しつつ自分スタイルを確立すれば良いと思っている。

よくよく考えると、寝ないこと=Hard Work ではないから、しっかり寝つつバリバリやる、というHard Workのスタイルもあるはずだ。僕はこれも視野に試行錯誤していこう。

なにはともあれ、僕はHard Workは必要と思っているし、これからも思い続けると思う。この考えの是非は、死ぬ間際に出るんだろうな。

メモせずに記憶できる人ってなんなの?

僕の今の上司が、とても仕事ができる人で、自分はなんて幸運なんだろうと日々思っている(こう思えていることも幸運だ)。

具体的に言うと、「視座が高く、視野が広い」、「物事の本質を捉えることが早く、かつ応用もできる」など挙げられる。メンタルがタフそうなのも素敵なポイントだ。

気づき学ばせていただいていることは多々あるが、今回はタイトルの「記憶」について少しだけ。

ディスカッションしていても、案件の進捗説明をしていても、この方はメモを一切取らない。ノートすら用意してない。毎回手ぶらでやってくる。それなのに、覚えている。不思議でならない。

彼にできるのなら自分にもできる、といろいろと考えたり調べたりしてみた。結論を言うと、以下のキーワードに秘密が隠されているように思える。

  • 短期記憶と長期記憶
  • ワーキングメモリ
  • エビングハウスの忘却曲線と、適度な復習
  • 睡眠

正直どれも理解している内容だが、最後の「復習」については、再度考え実行しようと思った。試行錯誤をする上で、脳の仕組みを知ることはとても大事。忙しさにかまけて復習が不十分なのだろうと振り返ることができたので、強化する。

それと睡眠。これは記憶だけじゃなくて、何もかも影響を及ぼすポイントなので、こちらも再度意識して生活しようと決めた。

ということで、一旦、「復習」と「睡眠」をポイントに行動を改めて見る。結果がどうなるかが楽しみ。

青は藍より出でて藍より青し。

上司に学ばせていただいている恩義は、上司を超えることで返す。

自分を許すことと怠けることの境界線。

何気なくInstagamを眺めていたら、人生観とか恋愛観とかを数枚に分けて文章で構成して投稿しているものを見つけた。

最近、マネージャになった影響もあるのか、相手のことを第一に考えるという性分が一層高まった(我慢しなくなった、というのが正確かも)ので、最初はふーんくらいに思っていたけど、なんか段々と今の自分に必要な良い情報だ、と思ってきた。

仕事のメンバからも「いつも気を遣ってもらってありがとうございます」とか「無理しているように見える」とか言われていて、そんなことないんだけど、と思っていたが、実はそんなことあったのかもしれない。

そのInstagram投稿から学んだことは「もっと自分を愛したら、もっと周りも愛することができるかも?」ということと、「自分を愛するのは、自分デートすることで、自分の中の”好き”という気持ちを認め・優先すること」ということ。

なるほど、勉強になる。一方で、やりすぎるのもいけないな、とも思った。何事もバランスだ。

その投稿が意味する本質は「相手も大事、自分も大事。どちらもバランス良く考える」だと思う。

今の自分はそのバランスをちょうどよく取れる発展途上にあるから、時には反省もするし、バランス取れてないときもある。自分の性格や傾向を知った上で、自分と周りを俯瞰して考えることが大事なんだろう。

バランスが取れていない時は、例えば、我慢しすぎて辛くなる・ためてためて爆発する、とか、逆に相手をないがしろにする、とかそういう事が起こってくる。

自分も相手も大切にする。このバランスは、常に意識して行動しようと改めて思った。

ところで、僕が「バランスの良い人だ」と思う一人に「さくらももこさん」がいる。

言わずとしれた、ちびまる子ちゃんの作者。残念ながら、すでにご逝去されているが、執筆されている書籍はどれも、文がとても読みやすく驚かされる。

文法の正しさとか、構成の凄さとか、そういう類のものでなくて、「身近に寄り添っている感」がものすごくて、するすると文字が頭と心に入ってくる。

おそらく、さくらももこさんの「自分は自分」という軸をしっかり持って展開されるストーリと一文字一文字に魅了されているからだろう。自分をしっかり持っていて、自分の考えを押し売りしないバランスの良さが、魅力的であり、心地よい。

写真や動画を多用することで注目を浴びようとするSNSの投稿トレンドに対して、読ませる文章を書くことの楽しさ・魅力を再認識した自分としては、これからも頑張って、バランス良い文章を書くことにチャレンジし続けようと思う。

(↓ 一番好きな本。後半部分に感動。人生の一冊だ)

ブログの効果を考える2020年末。

自分でゼロから構築しているブログは、サービサが自分である=制限がないので、自由に情報発信できることが良い点の一つだと思う。

文章力があって、質の高い情報を残せる手段として有効だ。それに、色々と実験できるのも良い。

ということで、細々とで良いからブログは続けようと思った今日このごろ。

齋 悠記さん との出会い

沖縄のアーティスト:齋 悠記さんがRENEMIAという場所で個展を開かているということを、運良く知ることができた。DISCOVERY というサイトに、たまたまたどり着いたのがきっかけ。

■DISCOVERY
https://www.moiaussibe.jp/1733/

とても良いご縁をいただいた。齋さんの作品はどれも暖かく、ふわっとした気持ちになりつつ自分を振り返ることができる極上の空間をもらうことができる。

制作中は「何も考えない」

齋さんの作品を拝見して思ったのが、その色の奥深さと透明感。その世界観が作り出す雰囲気は、齋さんの内面を見せてもらっているような気がしたが、気づいたら自分の内面と向き合っているという、いつの間にか「自分の対話」をしている不思議な感じ。

言語化できない感覚だが、包まれているような、けれどつきっきりではなくタイミング見て解き放ってくれるような、そんな感じ。

swim & dive2

アートは、その作品を人が見て会話をしたときが完成だと思っている。そして、アートというのは、アーティストの訴えであって、訴えも多種多様存在する。社会に対する憤り、実現したい世の中、環境問題についての発信…。

齋さんの作品は掴みどころがなくて、彼女自身が何を思っているのか知りたくなって、制作中に何を考えているのかと伺ったところ、帰ってきた答えは「何も考えていない」というものだった。

基本的に何も考えず、その時その時のインスピレーションで制作するそうだ。

絵を描くことで、自分の内面を模索した時期

元来、絵を描くことが好きで、高校生の自分は自画像を描いていたこともあるそうだ。それも「自分の内面を探る」とか「自分がどういう存在なのかを探る」という意図があったのだろう、と教えてくれた。

その後、美術の学校に入ってデッサンを学び、デッサンの奥深さを感じつつ、色に着目していった。最初はキャンバスも四角なものだったが、違和感を感じつつ試行錯誤して、現在の「正方形で、角を取っている」キャンバスにたどり着いた、とのこと。

自分との対話ができた、上質な時間を過ごす

アートは、やっぱり素敵だ。なぜなら、作品をとおして自分と対話することができるからだ。対話を通じて、自分が感じていること、なぜそう感じるのかなど気づくことができて、大きな糧となる。

齋さんに、自分が作品を見て感じたことを話すと、とても興味を持って聞いだくださるのも嬉しかった。おそらく、単純に興味があるのだろうと思う。自分が無心で作った作品を見て、人がどう思ったのか。僕なら気になる、そう思う。

作品を通して自分と対話できること、そのアーティストと会話すること。それができるアート、個展は、やはり素晴らしい。

なかなか達成できていない「個展をひらく」という自分の目標。ここ沖縄で必ず達成しようと改めて誓った。

シングルタスクの効果 〜一つ一つ、仕事をやっつける〜

マルチタスクとシングルタスク。人によってはマルチタスクを推奨する人もいるが、個人的にはシングルタスクが良いと、得た知識からも、経験からも感じている。ポイントをいくつか挙げてみる。

無駄時間が少ない

マルチタスクとシングルタスクを比べると、間違いなく言えるのが「タスク切換え時間の要否」だ。

マルチタスクはその名の通りマルチ=複数のタスクを並行で行うことなので、タスクAをしていて、何かのタイミングで(タスクAはまだ途中だけど)タスクBに取り掛かる、ということをするわけだ。

ここで、切り替える時間が発生する。これはシングルタスクでも同じだけど、マルチタスクはその後、タスクBとかタスクCとかから、タスクAに戻ってくるので、要するに「タスクAに戻るための切り替え時間」が必要となる。

このタスク切換え時間は、結構な時間の無断になる。なぜなら「タスクを切り替える」を具体的に述べると「そのタスクをどこまでやってて、これからどうするのかを思い出す」時間が必要で、場合によっては、前に考えたことを再度考えるはめになるかもしれない(そういう場合は往々にしてある)。

逆にシングルタスクの場合は、タスク一つ一つにフォーカスしてやっつけるので、マルチタスクよりも切り替え時間が少なくて済む。この差は、小さいようで、実はとても大きい。

フロー状態の長さ

僕は作業すると、幸いにも、大体フロー状態になる。要するに、超集中というか、没頭して作業する。この状態になると、周りの声が聞こえないくらい作業できていて、乗っている状態なので、もちろん頭はフル回転しているし、乗っているので作業効率も上がる。

マルチタスクだと、このフロー状態を「維持しない」ので、結局、作業効率が下がってしまう。もしかしたら、訓練や経験次第で、マルチタスクでもフロー状態のままを維持できるのかもしれないが、まだ習得できていない僕としては、シングルタスクの方が作業効率が良い。

ちなみに、一つの作業に集中するためにも、デスクの上は整理整頓しておく。特に、スマホは見ないようにするのがポイントで、画面を下にして机に置くか、バッグにしまっておくのが必須。

急ぎの用事であれば、相手は電話をかけてくる。きっと1回や2回じゃないから、そのうち気づくだろうから気にしない。スマホは各アプリで通知がたくさんくるので、いちいちチェックするのは時間の大きな浪費につながる一方で、チェックは超短時間の作業であまり時間がかかっていないかのように錯覚するので注意したい。

やっぱり、シングルタスクが良さそう。

以上の大きな2つの理由から、僕はシングルタスク派だ。興味のある方は、試していただきたい。

沖縄に関するデータまとめ(2020年11月版)

離島でのビジネス、特に教育ビジネスを検討しているので、沖縄についても調べている最中だが、ログとして残すためにも、現時点で一旦POSTしておこうと思う。

データソース

プチまとめ)労働人口

  • 男女合計は、全国平均と同じ程度で推移(微増傾向)
  • 男性は全国平均以下、女性は全国平均以上
  • 年齢は20代が少なく、30代、40代以降が多い

プチまとめ)県内総生産

  • 就労人数は全体的に(どの産業も)増加傾向
  • ただし、一次産業は減少傾向
  • 製造業が全国平均を大きく下回っている
  • 建設業の増加が突出

プチまとめ)離島関係資料 → 現在まとめ中

プチまとめ)地銀の総研系情報

2020年9月現在は、コロナ影響で全体的にマイナスの景況。ただし、公共建築だけはプラス。BSIからすると、あと2〜3ヶ月で景況プラスに転じるとの予想。

これからのToDo

離島関係データを洗うことを中心に、沖縄のアセットの洗い出しも行って、近未来、および更に先の将来的な「沖縄ビジネス」を模索する。

正直、データでは現状を把握してからソリューションを適用できそうな分野を考えることはできそうだが、沖縄をもっと盛り上げるためには新規ビジネスも必要と思っていて、沖縄の独自色を強く持つ何かを生み出す必要があると感じている。

そのためにも、コミュニティ(仲間)を作りたい。アンバサダー制度を勝手に作って、l離島コミュニティを作ることで、つながりを作って太くし、オンラインでもオフラインでも交流人口を増やすことが最初の一歩かもしれない。

散策日記 〜沖縄:やちむん通り〜

「やちむん」とは「焼き物」のこと。

やちむん通りでは、沖縄の昔ながらのやちむんから、今風のやちむんまで、さまざまなやちむんを楽しむことができる。

沖縄県では、伝統的なやちむんは空港などのショップで良く目にすることができるから、正直新しい発見は期待していなくって、散歩がてらカメラを片手にテクテクと歩いてみた、という程度のノリで言ってみた。

ところが、良い意味で期待を裏切られ、新しい発見がたくさんあった。

やちむんシーサーがお出迎え

入り口では、シーサーがお出迎えしてくれる。沖縄はシーサーだらけ。それぞれのシーサーで特徴があって、全然見飽きない。やちむん通りのシーサーは凛々しい感じがステキ。

シーサーの裏手には、井戸。これは、水道が普及する前まで住民の方々が共用していたとのこと。試しに動かしてみたら水がでた。まだまだ現役のようで、どことなく嬉しくなった。

色々なやちむんと、陶芸家さんの情熱

小さな通りだが、お店がたくさんあって、そしてお店ごとに展示してあるやちむんが違うのがとても楽しい。特に今っぽい作品は、今までのやちむんのイメージを良い意味で壊してくれるモノばかり。カワイイものがたくさんあって、どこへ行っても癒やされる。

特に目を惹くのは、鮮やかな青。Okinawa Blue。

お店によっては作品を作っている陶芸家さんが営んでいらっしゃるところもあって、やちむんに対する情熱と誇り、そしてこだわりを伺うことができる。

やちむんの外側だけじゃなくて内側にも色を入れて、沖縄の海を飲んでいても楽しむことができるようにとか、ロクロを引いて造形する際の難しいポイント=技術の探求や挑戦とか。

正直、やちむんは安いとはいい難いけれど、そういうストーリーを伺うと、なるほど高い値段にも納得できる。

ふとしたことから多くの良い経験を得た、ステキな週末だった。

歩く、を考える。

懐かしのあの頃

社会人になって多少の年月が経っていて思っているのが、学生時代よりも運動量が少なくなっているのでどうにかしたい、ということだ。

小学時代はサッカーと剣道、中学時代は剣道、高校時代はバスケ、大学時代もバスケ、と結構動いていただけに仕方がないのだろう。足が吊るまでバスケをしていた、あの痛みが懐かしい。

見落としがちなのが、消費カロリーは減っていても、摂取カロリーが減らないということ。

正確には、ちゃんと意識してカロリー制限しないと「消費カロリー<摂取カロリー」となって、結果太ることになる。

「体を絞る」を意識する。

そしてここがポイントなのだが、減量ももちろ大切だけど、「体を絞る」ということがもっと大切ということ。単なる減量ではなく、体をシェイプアップして、美しい体になるのがきっといいはず。

ということで、僕は食事も気にしつつ、筋トレも継続実施している。ただ、有酸素運動をもっと増やさないと、と思っている今日このごろ。

ということで、意識して歩いていたら、なんと歩かないと気持ち悪くなってしまった。良いことだ。

とはいえ、歩きすぎも玉にキズ?

先日、約9Kmの距離を片道2時間かけて歩いてショッピングしてきた。9Kmは車ではあっという間だが、歩くと結構距離がある。侮ってはいけない。

歩いていて、6Km地点から足が徐々に痛くなってきた。しかも炎天下で歩いていたので、体力も結構削られていたのだろう。うん、疲労は蓄積するものだ。

結局最後まで楽しんで歩けたが、今の自分には片道6Kmが適した距離なのかもとも思った。歩けばいいってものじゃないのかもしれない。

ちなみん、その日は2万6千歩を歩いていた。

「歩く」にもテクニックがある気がしてきた。

陸上に技術があって、戦略立てた練習をすることでより実力が上がるように、歩くにも技術があって、上手に取り入れると「歩きのプロ」になれる気がしてきた。

少なくとも、現時点で言えることは「靴、特にソールが大切」ということ。

今は Allbirds(オールバーズ)というメーカーを愛用している。ソールだけでなく、靴全体がフカフカしていて足にフィットするので、ある程度の距離を歩いても疲れないし、豆もできない。

ソールのフカフカは、地面をリアルに感じることができて楽しいという面もある。アルファルとの硬さも、砂利道もゴツゴツも、デパートの磨かれた石タイルも、それぞれの個性を足の裏で感じることができるのは、歩くのを楽しいと思える良い刺激だ。

これから意識すること→歩くフォーム

靴はある程度楽しめているので、プラスして「歩くフォーム」も気をつけよう。手の振りとか、重心の移動とか、足裏のどこを意識して歩くか、とか。

人それぞれの癖とか骨格の違いがあるだろうから、自分にあったフォームを確立できるように試行錯誤していこうと思う。