メールは強力なツールだと痛感した体験。

結論としては、メールはユーザにリーチするための強力ツールである、特に地方では。なぜなら、まだまだITリテラシの低いユーザが多いから。

都市に人口が集中する傾向にある昨今、それはすなわち地方の人口が減ることを意味している。それは、少子高齢化の日本においては全体人口は下降トレンドで(下図、総務省資料参照)あるから。人口減少し続けている日本で都市に人口が集中すると、地方の人口が減るのは当然。

我が国における総人口の長期的推移
https://www.soumu.go.jp/main_content/000273900.pdf

要するに、地方では効率化が重要な要素の一つだということ。そして、そのためにはテクノロジーは欠かせない。

最近、とある教育機関にシンプルだがスピーディに時間管理システムを導入した。その際に、その教区機関の責任者と最終チェック(モンキーテスト)をしていたが、目からウロコの事実が発覚。

「保護者さんって、Gmailすら知らない人がいるんだよ」

流石に驚いた。保護者さんと言っても40代とか50代の方なので、GoogleやGmailの存在は知ってしかるべきだと思っていただけに、自分の認識と現実のギャップに衝撃を受けた。

これが何を意味するかというと、システム構築において考慮すべき事項の幅も深さも増すということ。

そもそもユーザに期待している(ような感じがする)点で、自分はまだまだ三流以下だなと反省はしているが、それにても、その他含めてやることが多い上にスピーディに対処しなければならない状況では、できるだけ必要最低限のシンプルなシステムを導入したいと思ってしまう。

しかし、上記の理由から、対処すべき事項は多い上に深い。要するに、少しはテクノロジーに慣れている人と、超初心者の人とでは、考慮すべき事項の量も質も段違いということだ。

悲しいかな、都市部ほど超初心者の方の割合は低くなる気がする。環境が異なるからだ。周りはあたり前のように使っている場合が多い。なぜなら、ITリテラシが高い人が数人(も)いて、周りに教えていくことで慣れていってくれるから。そう、勝手に強制的に教育される環境が整っている可能性が高いから。

一方、地方ではそういう環境ができにくい。

それは、ITリテラシが高い人がいてテクノロジー導入に賛成だとしても、その他大多数は必要性を理解も認識すらもできておらず、ITリテラシの高い少人数の意見は流されてしまう場合があるからだ。これが、地方のデジタル化を遅らせる一つの要因だと強く思っている。

これは、もはや文化だ。文化は根強い。

文化は人を作る。人は文化に染まっていると安心するし、変化を好まないし、思考しない。そして、本当にどうしようもなくなった時に、焦りだす。

ということで、地方ほどテクノロジーの恩恵を受けが方が良いと思うが、受け入れる体制になっていないと思っている。

だからメールは強力なツールだ。

なぜなら、受信するだけでOKというシンプル操作で良いからだ。また、チャットツールが隆盛しているが、どこまで続くか分からない一方、メールは細々とだがなくなることはないと思っているから。双方向じゃないコミュニケーションはメリットも多く持っている。Gmailも良い。Googleがなくなることはこの先10年はないだろう。グローバルにも使いやすい、最強ツールだ。

シンプルで使いやすく、既読云々を相手に知られる心配もなく、継続性のあるサービス。それがメールだ。

次に大事なのは、メールを使う文化を上手に醸成すること。

今回の教育機関へのシステム導入では、メールを使う文化を作り上げることができていれば更に良かったと思った。即ち、「うち(その教育機関)では、メールで連絡するので保護者さんは全員メール登録お願いします」という具合に、最初からとか継続的にアナウンスして、メールをなかば強制的に使ってもらう環境を作る、ということ。

入り口がとても大事だ。文化を受け入れてもらえばみんなハッピーになれる。

先を読んで戦略的に進める。やはりとても大事なことだ。

最新テクノロジーばかりが役に立つということでなく、現状をよく把握して先を見て戦略的に展開することが大事で、時にはレガシーなテクノロジーが効果を発揮する場合もあるということ。

良い経験を得た。肝に銘じて突き進む。