投稿者「hiro」のアーカイブ

不安や恐怖は、無知から来る。

仕事で部下がミスをした。大きな損害。

部下のミスは、マネージャである自分のミス。

社内(仲間)と思っていたメンバからも、パワハラ被害を受けて、部下はメンタルで倒れた。僕も結構というかかなりしんどい。

不安や恐怖に支配されそうな時も、ままあった。思考が停止する。解決策が見いだせない。

ただ、徐々に(本当の意味の)仲間も増えてきた。いろいろな提案をしてくれる。

そこで学んだことは、経験したり文献で調べたりして知識をつければ、今後の予測がたれられたり、解決策を検討できたりするということ。思考が進むこともあり、不安や恐怖が和らぐ。

経験がなければ、文献で調べれば良い。それは自分の努力でできるはず。

情報があれば、他の妙案も浮かぶかもしれない。浮かぶかもしれない、と思えるだけでも救いになる。

やっぱり、無知は罪であって、知識は絶対必要。

WPS Office for Linux がファイルを開くたびにクラッシュしていた話。

Linux Mintにインストールしたら、ファイルを開くたびにクラッシュしていた。

Linux版だからか…?と思って最初が我慢していたけど、我慢できなくなった。

結論としては、Linux標準搭載されている「ソフトウェアマネージャ」と、WPSの公式サイトからDLしたファイルの二重インストールになっていたことが原因っぽくて、ソフトウェアマネージャからアンインストールしたら、クラッシュしなくなった。

なぜ二重インストールしたのか?と考えてみたが、おそらく、公式サイトのアップデートファイルが原因と思われる。

僕は、基本、ソフトウェアマネージャからインストールするようにしている。なぜなら、インストール・アンインストールの管理が楽だし、分かりやすいし、ゴミも残らないと(勝手に)思っているから。

で、今回も、ソフトウェアマネージャからWPS Officeをインストールしたが、起動したら「アップデートがあるよ!」とポップアップがでてきて、

ポップアップに従ってインストールしようとしたら、WPSの公式サイトに飛ばされて、表示された画面からdebファイルをDLしたインストールした。

きっと、これが原因。おそらく、アップデートファイルのつもりが、最新のWPS Officeファイルだったと思われる。

ということで、ソフトウェアマネージャからアンインストールしたら、クラッシュしなくなった。

うん、快適。

人が作業に没頭するシーンが好き。

ということが、最近わかった。理由はわからないけど、とても惹かれる。見入ってしまう。

もしかしたら、こういう状態になりたいっていう渇望があるのかもしれない。

ちなみに、パッと出てきた具体的なシーンは、以下の3つ。

  1. The Accountant
  2. The Social Network
  3. 騙し絵の牙

1は、主人公が不正経理チェックの仕事を依頼されて、15年分の書類を、一晩かけて片っ端からチェックしまくるシーン。(映画開始37分頃)

2は、おなじみのマークザッカーバーグ(Meta、旧Facebook)が、大学時代に、Facebookのもととなる「女性の写真の比較サイト」を構築するシーン。(映画開始8分頃)

そして3は、ヒロインの高野(松岡茉優)が、ある作家の居場所を突き止めるべく、過去の膨大な資料(その作家の全部の原稿)をチェックするシーン。(映画開始48分頃)

結構な年で、かつ自分のことなのに、新たな発見をするって、とても気持ちが良ものだ。

空気感に浸る。 (広告って、邪魔だな…)

Webサイトを訪問して、良いサイトだと思って世界に浸っていると、広告が出てくる時があるが、興ざめしてしまう。

広告って、世界観とか空気感とかに浸るときって、邪魔になるんだなって改めて思った。強制的に現実に引き戻されるからビックリするし、残念だし、ショッキング。

このブログも、いずれは収益化を…と思ってGoogleAdsenseを入れているけれど、消してしまおうかな、と思った。

カフェ探訪 | 虎虎fufu@宜野湾市

沖縄県宜野湾市にて、久々にカフェ探訪。仕事の合間に、というか、カフェで作業するために探していたら、たまたま発見。

まったりした平和的な、かつ、おしゃれな雰囲気のカフェで、店員さんも親切で、良い時間を過ごすことができた。満足。

撮った写真を店員さんに見せたら気にってくれて、お店のインスタで使ってくれることに。嬉しい。どんどん使ってほしい。

Linux Mint をインストールしたらやること(途中メモ)

途中だけど、息切れして長引きそうなので、備忘として投稿。

以下を実施して、自分の環境を整える。Firefoxが予想外に良い(かれこれ3〜4ヶ月運用)。

1.Welcomeにしたがって設定

2.Firefox のログイン

3.Firefoxのツールバーを変更

4.geditのインストール
  # sudo apt-get install gedit

5.geditのプラグインのインストール 
  # sudo apt-get install gedit-plugins

6.powertop のインストール
  # sudo apt-get install powertop

7.tlp のインストール
  # sudo apt-get install tlp

8.tlp の設定
  # sudo apt install tlp tlp-rdw
  # sudo tlp start

9.locate用のDBのアップデート
  # sudo updatedb

「騙し絵の牙」の、映画を観て、小説を読んでみて。

映画と証跡は全然違う。本当に全く違う。どちらもおもしろいと覆ったけど、個人的には、映画の方が僅差で勝った。理由は「おもしろさ」に焦点を絞って、登場人物たちが「おもしろさ」を中心にしのぎを削る様が、とても共感できるからだ。

小説は、人間の表裏を「騙し絵」として表現していて、ダークサイドも実直に文字で表現されている印象。対して、映画はもっとライトに、登場人物たちの戦略や目論見を「騙し絵」として表現していると解釈した。

映画だとライトな分だけ受け止めやすいし、大泉洋さんをはじめて、メインキャスト陣のキャスティングが全体的にフィットしている点も、加点要素な気がする。

小説は、登場人物や、話を展開するキャラが変わる。違う目線で一つの物語が進んでいく。最初は慣れない感じだけど、これが意外とのめり込んでしまうので、気持ちよく読むことができた。

映画にせよ、小説にせよ、

  • 小説や文学に対する編集者の情熱・熱意
  • 登場人物の繰り広げる戦略や戦い

は共通して良い点であって、どちらも良いし、どちらも楽しめた。

【小説】騙し絵の牙 (Amazon)
https://amzn.asia/d/cfE8gBr

きっと、人間はOpenにBorderlessになっていく。 〜自治会と福祉団体のワークショップを経て〜

まちづくりの一環で、自治会(いわゆる、公民館。地域コミュニティ)と、福祉団体のそれぞれで、ワークショップを実施した。

テーマは「現状の課題と、まちづくりに期待すること」。大学生にも協力してもらって、みなさんと一緒にグループを作って、ディスカッションしてもらった。

結果、非常に良いディスカッションをすることができた。なぜなら、日頃つながりのない人たちをつないで、それぞれの立場を理解してもらうことで、お互いのメリットになったと実感できたからだ。

作戦は成功。世代間の地域交流は、みんなの役に立つ。

もともとの考えとしては、

大学生にとっては、社会のプレーヤとしての参画、社会貢献への第一歩、世代間ギャップからの学びがあるだろうからWinになるだろうと思っていたし、

自治会の会員(主に高齢者)と福祉団体のスタッフ(いわゆる障がい者の方々)にとっても、大学生とのつながりがないだろうから良い刺激になってWinとなるだろうと、

思っていた。

幸いにも、その考えはあたっていたようで、ディスカッションは盛り上がっていたし、実施後に、継続実施を希望といった反響もいただいた。大学生も、笑顔で積極的に発言してくれていた。

自治会の抱える課題は、会員を増やすこと。これが最も意見が多かった。会員を増やしたいけど、自分たち高齢者からは、若者に声掛けしづらいとか、年々減少する会員数への対策が打てないでいる現状があった。

対して学生からは、InstagramなどのSNSを活用することや、自治体ホームページへの掲載による呼びかけなどについてのアイデアが出ていた。

福祉団体とのディスカッションでは、障がい者といってもそれぞれの特徴があって、コミュニケーションを取る場合は、まずは自分がどういう障がいを持っているかを伝えることが大事など、正直、思っても見なかった意見をいただいて青天の霹靂だった。

ゆっくり話してほしいとか、絵を使ってほしいとか、漢字にはルビをふってほしいとか、コミュニケーションをするための条件・前提を伝えることが、まず重要で、だから、自治体職員が交代するのは結構なストレスになるんだ、ということも知ることができた。

すなわち、いかに僕自分が「目を向けてなかったか」もしくは「分かっている気になっていたか」を痛感させられたということであって、良い意味で大きなショックを受けた。

大学生も「知らなかったことだらけだった」と、決して後ろ向きじゃなく、前向きな反応をしてくれていた。

現場を知ること、現場で活動することの大切さを改めて実感したし、こういった活動を継続することが、本当の意味のまちづくりにつながるんだな、とも痛感できた。どうにかして、継続したい。

継続性と、ビジネスと、テクノロジと。これからの時代でも取り組み続けるためのアイデア。

実施後、興奮冷めやらぬ状態で色々と考えていた。一番のトピックは「なぜ、人は他人を知ろうとしないのか」ということだった。結論から言うと、「社会的なカテゴリって不要だな」ということ。

正直、実施する前は、「高齢の方や、障がいをお持ちの方と、普通に話せるだろうか?」と、一抹の不安を抱いていたのだが、やってみたら全くの杞憂だった。話してみたら、そんな不安など完璧に忘れていて、普通に話していた自分がいた。恥ずかしさを覚えるくらいの杞憂だった。

そういった景観と、ワークショップをやった結果から、「男性・女性」とか、「若者・高齢者」とか、「健常者・障がい者」とか、カテゴリの大事さを分かっている一方で、カテゴライズすることで、同じ人間でも価値基準や思考に影響が出て、あたかも違う人種のようになるのではないか? カテゴリの影響は大きいのではないか?と考えを巡らすようになってきた。

とどのつまり、「敵と味方」を作ってしまうので、めんどうなのだ。

仮に、カテゴリによって「自分とそれ以外」のようなボーダーを引いてしまっていて、引いてしまったせいで余計な不安や考えを抱くのだとしたら、行動することを躊躇する理由になっているとしたら、本当にもったいない。逆に、なければもっと行動しやすかったり、日常生活でもお互いにコミュニケーションしやすかったりするのではないだろうか。

人間が本能的・原始的にカテゴライズしたりボーダーを引いてしまうとしたら、理性的に教育という手段で乗り越える仕組みを作りたい。継続してみたい。そのためにも、ビジネスにしたい。

まちづくりは、継続することが大事だけれど、継続する体制を作って維持することは難しいのかもしれない。なぜなら、ビジネスになりづらいから。では、なぜビジネスと言っているかというと、資本主義社会においては、ビジネスが社会やステークホルダを幸せにする手段と僕は信じているから。

具体的に言うと、社会貢献などの「やるべきこと、一般的に良いこと」があったとしても、「その人の日常生活を支えてくれるものではない=お給料がもらえるわけじゃない」から、実施体制を責任を持って作って、継続運営する拘束力が弱い、ということだ。

よって、まちづくりもビジネスにすべきだと思っているし、一方で、規模の大きなビジネスにも、スケールするビジネスにもなりづらいだろうという逆の考えもあって、ジレンマに近い感情を抱く。

オープン、ボーダレス、各自のアクティビティについての社会的な信用の確立。そのためのNFT。

テクノロジが非常に進化していて、そのスピードも非常に速いし速くなり続けるだろうこれからの時代では、ビジネスのあり方を含めて、人間はもっとオープンに、ボーダレスになっていくのだろうと考えている。

そのためにも、NFTを活用したい。NFTは、個人のアクティビティを一意に証明できるテクノロジのはずだ。地域貢献活動に対して、その地域の自治体がお墨付きとして発行するNFTがあれば、各自は活動した結果を社会的信用をもって、大概的にアピールできるのではないか。就職活動とかにも活用できる気がする。

まちづくりは、ロングタームなビジネスとして伴奏型コンサルをしつつ、関係する人にも給与とNFTという形で還元する。場合によっては、各自の対外アピールもサポートすると良いかもしれない。ビジネス化できるのではないか?

継続して考えつつ走ってみよう。たのしいし、ワクワクする。行ける気がする。