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常に考えておくこと。

人生で何が大切かということは、常に考えている。

いろいろな経験をすればするほど、自分の価値観は変わるものだけど、変わるものだからこそ、常に「自分は何がしたいのか、何が大切か」は考えておく。

そして、時間を配分する。優先度をつける。集中して取り組む。

後悔先に立たず。いかなる結果になろうと成功だった、失敗ではなかったと思えるためには、考えながら走ることが今の時代では特に大切。

思考を止めない。考え続ける。何が大切かを常に考える。

世の不条理をなくしたい。

生まれたところで人生が決まるとか、学校に行きたいのに行けないとかその理由が政府だとか、そういうのって、聞いてて我慢ならない。どうにかしたいと心底思う。

自分の天職ってなんだっけ?は、ずっと自問自答しているテーマで、まだ模索している。そういう時は「どういう時に胸が熱くなるか、猛るか」とかも考える。常套手段だけど、色々と試してみて一番しっくりくるからだ。

不条理はなくしたい。我慢ならない、本当に。
世の中はいい人も悪い人もいる。いい人だけで意義高いことをする。
不条理をなくせたら、それは素晴らしいこと。トライする価値がある。

社会人になって10年程度、なのに模索している自分が恥ずかしくもあるけど、模索を続ける気しかない。むしろ、いつの間にか模索・追求することをやめて、大人になった仲間を見ると、なんとなく悲しくなる。だって、彼ら、結局「現実」に愚痴を言うのだもの。

常にトップランナーで行く。
自分自信が、自分の人生のトップランナーであり続ける。

最近のキーワードは、教育、学校、ゴミ。
継続、発展させるために、ビジネスは必要不可欠。

資本社会に生きている限り、お金は必要不可欠だ。
ある程度の幸せも、お金で買える。
まずは、ある程度のお金。

自分のビジネスで生み出す、生み出し続ける。

モノサシの広さと長さと深さ。

お友達のKinuyoさん、本当におもしろいしためになる投稿をされている。今日の投稿がこれまたおもしろかったので、このBlogでも(勝手に)紹介させていただく。

https://www.facebook.com/yoshinari.kinuyo/posts/3346984655331710

ブスだという立ち位置から、出れないでなんか不服な人は、海外に行けばいいと思います(笑)。日本のモノサシが、なんだかなーなモノサシであることがよく分かるかと。

KinuyoさんのFacebookページより(全部は上記URL参照)

自分が海外に行ってみて、本当、どれだけの人種の人間がいて、それぞれが特徴あって、おもしろいモノサシもってて、自由に生きてて、エネルギッシュで、自分に正直で、不器用で、めんどうくさくて、自分勝手で、キラキラしているかってのが分かった。

日本って、本当に狭い。
いや、日本しか知らなくて、意識的にも無意識的にも「日本がすべて」と思っている人の、考えることの小ささときたら。

井の中の蛙大海を知らず。

この言葉の、そのまま、本当。
小さいよ、小さい。

世界は狭いけど、思っているより、ずっとずっと大きい、広い、そして深い。

せっかくの人生、自分のモノサシをできるだけ育てたほうが、きっと楽しい人生になる。

スピード。

いかに早く、
いかに正確に、
いかに雑駁でも形にするか、がポイントなんだ。

スピードだ、スピード。
1秒でも人より早く。そして速く。

実績を作る。成果を出す。お金を稼ぐ。

タイトルの3つの言葉は、全て同意。

最近、特に活発に活動して、結果的にいろんなことに着手しているけれど、どれもこれも収益に結びついていない。

ある意味計画的に進めているのでそこまで焦りはないけど、自分の寿命という残り時間を考えると、そろそろ収益化に本腰を入れるタイミング。

とはいえ、前々から思っていたけど、人からお金をもらうって本当に難しい。1円でも。

先日、Tonakai Donation Partyという、児童福祉施設への寄付パーティ(参加費が寄付となる)に参加して、思いつきで自分の写真を販売した。1枚100円で。

初めての試み。自分の写真を販売するのは。

結果、3枚売れた。
300円。
全部寄付。

たった3枚だけど、とても良い経験だった。そして、人からお金をいただくのは緊張する。100円が重い。

買うという行為は、価値(そのサービスとお金)の等価交換で、買う側がサービス>=お金と考えれば買ってくれる。

ここがとても楽しいし、興味深い。人間って何?という感じ。

継続して研究しながら、試行錯誤して、コンサルティングやプロデュースの目線から、ブランディングして、継続的に収益を上げる。

遊び心も必要か?

遊び心も必要なのか?
例えば、飲み会とかで二次会三次会に行く必要はどこまであるだろうか?

場合によっては二次会はありだと思うけど、三次会は必要か?
時間とお金の浪費な気がする。どうなんだろう…。
(自分の経験上、浪費となる確率が高い)

正直、焦ってしまうし、サボっているようで罪悪感と焦燥感を抱く。

一方で、周りの多くが楽しんでいる様子を見ると、観察するという観点で参加することも大事だろうし、「楽しむ」ことを学ぶということで必要な経験でもあるように思える。

楽しむことは人から人に伝染して良い効果をもたらしたりスケールするための必要な要素なので、無視できない。そして、楽しむことができる人が、人を楽しませることができるのかもしれない。

さて、どうしたものか。

生気横溢。そして休むも実力のうち。

生気横溢とはよく言ったもので、また逆に活動するための体力(生気)を養うのも必要で、それも実力のうち。

2018年まで、大学の国際学会で1度、香港に行ったのみ(しかも、教授の同行で自由時間ほとんど作らず)だった自分が、今年2019年は4度も海外に行っている。

そして、間違いなく道は開けた。
すばらしいこと。

一方、課題は多々あるが、「しっかり休む」は上位にランク。

生気を養わないと、楽しいことも楽しくなくなる。
楽しくない人のところは、雰囲気が良くないから、良い人も集まってこない。

ということで、休むのも実力のうち。
しっかり休む努力をする。

【読了レビュー】時間革命(堀江貴文)

久しぶりに堀江さんの本を読む。書店で見かけたので、手にとってパラパラめくり、即購入。

「時間」に対してとても関心が強いので、どうしても関連する内容には目がない。

さて、肝心の内容だけど、結論として良書。なぜなら、簡潔で分かりやすく、氏の「時間に対する考え」や、その考えを基に「実際にどう動いているか」が書いてあり、参考になるからだ。

「電話かけてくる人はNG。基本メッセージでやりとりすればよい」と氏が言っているのは有名な話。全くの同感。

もちろん、電話する方が時間効率が良い場合も少なくないので使ったら良いのだけど、メッセージで十分なのに、すぐ電話する人がいるのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思っている。時々「メッセージに慣れていない」という人がいるが、ITの世の中=世の進化に適応できていない証拠だと思う。

「腐った残飯」というキーワードを使っているのも印象的だった。なんと良い表現か。さすがのセンスを感じる。

これは悩みを抱えていて、けどそういう(認識している)現状から抜け出さない人への言葉。

嫌だったらやめたら良いのに、抜け出したら良いのに、世間体だとかなんだかを気にして結局行動しない=悩める人たちは、「腐った残飯」を一生懸命食べて「おいしくない、おいしくない」と言っている、とのこと。

シンプルなので分かりやすい。かつ、本質を掴んでいるので同感でしかない。

「過去と他人」は変えられないけど、「未来と自分」は変えられるし、今の一瞬一瞬が過去であり未来なので、まぁ、結局は「行動してみる」ことが一番てこと。

時間の価値を意識して、自分時間の最大化を第一に考えて、行動しよう。

長文の情報発信も悪くない。

今更ながら考えてみると、ちゃんとした文章は、本のような扱いになるということが分かった。
洗練された情報のまとまりとして認識できる。

長い文章は苦手だった。
いや正直、今でも苦手だ。
僕はせっかちなのだ。

要点が分かれば8割は片が付く。
それで十分だ。
処理したいものは、他にも山ほどある。

使うパワーが少なければ少ないほど、より多くのパワーを他のことに費やすことができるという点も魅力的だ。そう、意志力は有限なんだ。

けれど一方で読書は好きで、ほぼ毎日本を読んでいる。

その違いは?

少し考えて、洗練度合いの違いを無意識に意識していたのだな、と分かった。

インターネットは誰もが情報発信できる良さがある一方で、その質が発信者に大きく委ねられるという特徴もある。本は、著者だけでなく、編集とか関係者が推敲・添削を重ねた結晶が出版されるので、質が高い(モノが多い)。

けど、ここで考え方を変えてみようと思う。最近は、ライティングが上手な人も多くなってきた感じがするし、一見難解な文章だけど、一生懸命トライしている結果を綴っているものもある。

周りのみんな、自分の先生だ。
すばらしいことを発信してくれている。

素直に学ぼう。
そして、返そう。

そうやって、みんなせ成長していけば、もっとよい社会になりそうな気がする。
そしてそう思えば、文章を読むことが、また一層楽しくなる気がしてきた

短い文章を丁寧に書くことの楽しさ。

僕は元来、短い文章の方が好きだ。言いたいことをシンプルにまとめて伝える、それで良いじゃないか、と。

文字数に制限を設けることは、よく考えてみると美しいことだ。
できるだけ簡潔に、読みやすく、深みがあり、後味の良い文章を考える必要がある。

頭をひねる。難しい。
書いている文章に無駄な贅肉はないか?
条件反射的に使っている、この接続詞は、なければ文章が成り立たないのか?

シンプルに。できるだけ。

努めて文章を考え推敲すると、素人ながら、スッキリした文章を書くことができることがあって、小さな達成感を感じることができる。なかなか良いものだ。プチ・リラックス。

推敲するって、楽しいんだな、と気づくことができて幸運だと感じた。

<追伸>
とは思っていても、時々、長い文章をだらだらと書いてしまう時もある。そういう時は、人間で我儘だなとか、意思を強く保つって難しいな、とか、関係なさそうなことまでつくづく感じてしまうのだった。