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会話における言葉の定義。

同音異義語って、ままあるもんだ。

人は、自分の言葉で会話をするから、いわゆる「同音異義語」的なものがあって、お互いが会話をしているつもりでも、実はすれ違っているだけ、ということもある。

今までも経験してきたことだが、最近も経験した。

例えば、「これはもう、腹を括るしかない」という言葉。

炎上案件の真っ只中で3ヶ月ほど経過している中で、社内メンバから「腹を括るしかない」という発言があったが、どうやらここでいう「腹を括る」とは、『今の案件のお客様専属のチームを、10年とかの中長期スパンで構築して対応していくしかない」という意味らしい。

そうとは知らず、単に炎上案件でも逃げずに最後までやり切る、という意味で「腹を括る」と言っていると解釈していた。だから、いくら経っても会話が成り立たないし、こちらもがんばっているのに、意思疎通というか、信頼関係が築けなかった。

ちゃんと話を聴くって、傾聴に加えて理解もするってことで、そのための質問も適度に行うのが吉。

よく話をした方が良いってことか。言葉の定義って、辞書的なものはもちろんあるが、各自のオリジナリティある意味合いや使いかもされているケースがあるから、同音異義語だなって思う。

今後は、少しでも違和感があったら、意味を確認するようにしよう。できるだけすれ違いの少ないコミュニケーションを心がけるために。

Macbookのデスクトップ切り替え+トラックパッドが便利すぎる。

分け合ってMacbookを最近よく使っている。

Linuxを普段使いしようと決めて、1年くらい経過した。Linuxも普通に使える。

ただ、どうしてもMicrosoft Officeを使う必要が出てきて、Macbookにインストールしたくなkったのだけれど、Winマシンを買うのはもっと嫌だから、ということで、泣く泣くインストールして使い出した。

そして、非常に残念なことに、Linux版のMS Officeって売ってない。だから、Linuxではできない。

ということで、Macbookをここ2、3日使っている。

が、やっぱり思うのは、トラックパッドがとてつもなく使いやすくて便利ってこと。操作性も最高だし、機能も最高。しかも、デスクトップ切り替えがパパッとできるから、作業効率も爆上がり。

操作性は、やっぱりApple製品が群を抜いて良いと思う。

  • Todoistもデスクトップアプリがあって操作性UP
  • zipファイル暗号は、Kekaというソフトで問題なく便利に扱える
  • MS Offide for Macは、まあまあ使いやすい。(文字ズレとかは未確認

ああ、これでLinuxからMacbookに戻るのかな…。けど、Linux好きなんだよな…。よくよく考えよう。

解像度を上げて人に伝えるのが苦手。

人に伝える・伝わるって大事なんだけど、簡単じゃない。特に、解像度を上げて話したり、「あ〜、分かる分かる」って共感をもらうような丁寧な?センスある?文章を書くのが、自分はどうやら苦手な模様。

読み手の時間を考えてしまって、サクッとシンプルに書くのが好き。ただ、その塩梅が分かっていないのだろう。

  • 誰が読み手?
  • 読んだ後にどうなってほしい?

を明確にしたら、逆にある程度の時間をもらって読んでもらっても良いよいね、と思えるのだろうか。

ふと、考えたてみた近未来。人は自分の欲する偏った情報と人との繋がりが増えるだろうけど、本当にそれで良いのか?

テクノロジの進化に伴って、人間のつながりが希薄になるか、特定の繋がりだけが濃くなりそう。

テクノロジの進化は止まらないだろうし、年々スピードアップし続けるんだろうな。

インターネットが世界中に張り巡らされて、スマホが当たり前に普及していて、どこにいても、どんな情報でも手に入る時代になって、生成AIも普及し出している。

スペインでは、生成AIが作ったモデルが月160万円も稼いでいるという。

(画像↑は、1人目の生成AIモデル「アイアナ・ロペス」。ちなみに、2人目の「マイア・リマ」もいる)

作って活用している会社は「精神状態が不安定だったり、わがままだったりするモデルに自分たちの仕事に影響を及ぼされるのに我慢ならなかった。振り返ったら、うまくいっていない仕事のほとんどは、自社ではなく、モデル側の原因だったから」とのこと。

自身の体験と照らし合わせても、自分ではなくて、他者が原因で進まなかったり、良く行かなかった仕事もあるから、なるほどと、うなずけた。

AIが進化していくと、仕事ができる人とできない人の二極化がどんどん広がると思う。そして、本当に「ちゃんと仕事ができる人」が、しっかりとした利益を得て、そうでない人は仕事を失うんだろう。それが、モデルであれば、著名人であっても。

こう考えると、テクノロジが進化するに従って、人間は自分が欲する情報だけ、欲する人とのつながりだけが、生活の大部分を占めるようになるんだろうな、と思う。

一見良さそうだけど、はて、本当に良いのだろうか?と疑問に思ってしまう。

逆境は自分を成長させる。人間関係でも、程よいマイナス因子・ネガティブ因子は必要なのかもしれない。

自分と相反する人間が、実は自分を一番成長させるのかもしれない。そういう名言もあったように思う。

相反する人間は、本能レベルで言うと「敵」と認識するかもしれないし、認識したとしたら、四六時中その相手のことを考えて、あーだこーだと対策を練ったり、分析をしたりと、思考を巡らせることもあるだろう。

この思考をめぐらすって、自分の経験からすると、(苦しいけど)自分の思考について気付けたり、自分を顧みたりできて、成長できたことが多い気がする。

それに、敵だとしても、話をすることで、自分が気づいていなかった考え方・やり方を知っていたりするから、学べる要素がある場合もある。

これからの、地域コミュニティのあり方のためにも、程よく繋がり合うことは大切で、そうすることが地域の存続に繋がりそう。

都市化が進むと、きっと東京への一点集中になるだろうし、地方はどんどん衰退したり消滅したりするだろう。

地方が存続するためには、テクノロジを活用して、やることなすこと効率化しないといけないだろうし、最新テクノロジを使いまくって話題にしたり新しいスタイル・政策を展開して交流人口を増やす必要がある。

テクノロジはどんどん変わっていくから、どんどん最新が出てきては消えていく。要するに、やり方や考え方がコロコロと変わるだろう。だから、ついていけない人も出てくる。

こうなった場合に、地域コミュニティのつながりが希薄だと、デジタル難民になってしまて、周りについていけず、しかも、アナログなつながりもなければ、物理的にも精神的にも孤立してしまう。

こういう「個」ばかりの地域は、まちとして成り立たないと思う。だから、程よい繋がりが必要になるだろう。

程よい繋がりには、自分が欲する人以外にも、時には相反する人ともつながる必要が出てくるだろう。けど、それでも良いし、それが良いはずだ。程よいから、会いたくなければ会わないと良い。

災害時などの有事の際は、互いに協力し合うこともできるはず。こういう関係性も、まちを維持するためにも必要だろう。

食べず嫌いせずに、たまには苦手なものにもトライしてみる。意外と道が開けたり、新しい発見があるかもしれない。

脳には刺激が必要だ。いつもは通らない道を行ったり、いつもと違うやり方をしたり。苦手な人とも、程よくやりとりすることで、脳にも良い影響があるかもしれない。

色んな意味でプラス因子があるかもしれないから、自分の欲っしないモノにも、たまには触れ合って良いのではないだろうか。

テクノロジの進化と相反するが、そのメリット・デメリットを常に意識して、自分の頭で選択・行動していきたい。

コーディネート。

冬にどんなコーディネートしていたか忘れる。

人間っておもしろい。

最適化するからすぐに思い出せなくなる。

メモしておけば良いのか?

ただ、忘れることが人間のある意味自己防衛機能なら、あえて忘れるのも良いのかもしれない。

これからの時代は小規模ビジネスが増えてくる?(特に、Well-being関係)

スマートシティや次世代のまちづくりって、きっとSTEP1としては小規模のビジネスがある程度出てきて、ある程度の年月をかけて継続して取り組んでいく必要があって、その途中や結果で、インフララベルのビッグビジネスが出てくるんだと思う。

個人的には、やっぱり「アート」や「デザイン」、そして「教育」にとてもビットが立っているので、ぜひ取り組み台と思っている。

一方で、そういうビジネスは、

  • 小粒案件
  • 労働集約型(人手がかかる、デジタルでのレバレッジが効かない)
  • 成果が見えづらい(出ているかどうか分からない、出ていてもその程度が測定できない)

という課題があると思っていて、どう解決しようかと日々あぐねている。

別にビジネスじゃなくても、ボランティアでもやろうとは思うけど、生活していかなkればならないので、やはり、ちゃんとした稼ぎは必要だ。

僕が欲張りだから、そのどちらも(やりたいことをやりながら、しっかり稼ぐ)を実現してやる。

それにしても、ChatGPTを活用して、レバレッジ効かせたいな。きっと方法はあるはずだ。生成AIの進化は目まぐるしいから、きっとどこかのタイミングでかなり役に立つだろうし、むしろないとビジネスできない時代になるだろう。

生成AIのスキルも、ちゃんと身につけておこう。独立しても、地方でも、しっかりとビジネスをやるために。

小説を書いてみたい。

書き方・流れについて、少し調べてみた。

ネタを書いてみたら、意外と出てこない。というか、視野が狭くなっている気がする。

前はもっと自由奔放に、支離滅裂だけど、何となくおもしろいような何かを考えたり、ひらめていた気がするだけに、少し悲しい気持ちになっている。

が、きっと調子が悪いだけだ。何でも良いから、毎日ノートを広げて書いてみよう。ネタだけでも、断片的なパーツだけでも。

きっと、あとから効果が出たり、前の感覚が戻ってきたりすると思う。

「人間が1分間に読める文章量は400文字程度」

なるほど、ということは、ブログも400文字程度であることが望ましい気がする。

情報過多(この言葉すら死後っぽいけど)の時代だから、1分の時間をもらえるだけでもマシなのかもしれない。

・短文で、

・要点をつかんでいて、

・文章が読みやすく(結論から、物語なら起承転結)、

・おもしろい

という文章をめざしてみよう。

自分なら、そういうブログを読むだろうから。チャレンジだ。

ADHDは時間を忘れる「時間盲」。

NUMOというサイトで、ADHDのお勉強。

ADHDは、ドーパミンの摂取が下手だから、ドーパミンを猛烈にもとめていて、その結果、ゲームとかSNSとかに没頭してしまって、結果、時間を忘れてしまうという、時間盲に陥ってしまう、とのこと。

ドーパミンの摂取が下手なのは、ドーパミンを脳に取り込む機能であるトランスポータが強いが故に、ドーパミン欠乏になる。

何という悲劇。取り込む力が強くて、ドーパミン欠乏になって、欲するから時間を忘れて作業に没頭してしまうとは。しかも、ゲームやSNSとか、社会的な生産性が低い行為に…。

これって、うまく打破できないだろうか?

例えば、どういう作業であれ、1秒でも1文字でも、まずやってみる。そうしたら、リズムも出てくるし、意外と楽しくなったりして、良いフロー状態にもっていくことができた経験がある。よって、少しでもいいから作業をしてみること、も良いのかもしれない。

一般的な解決策がないとしたら、自分実験して、方法を確立させてやる。

参考サイト

https://numo.so/ja/journal/adhd-time-blindness