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好奇心と自己資金の間から。

お金に対する考えというか、メンタルバリアを溶かさないといけないな、と思う。

今までもトライしていて、以前よりだいぶと改善していると思う。要するに、考えもせずに貯蓄だけするのではなくて、時には経験のために大金を払うということだ。

先日も mems 東京 オートグラフコレクションに宿泊した。今の自分にとっては思い切ってお金を使った部類になるわけだが、結果、とても良かった。自分の価値観や考えを成長させた、投資となった良い経験だった。

人生いつ終わるか分からないし、自分をレベルアップ・グレードアップさせた方が、残りの人生をより充実できるのは確実だから、投資と思ったら思い切ってお金を使う方が良い。

メンタルバリアを溶かすための、誓いの投稿として。

アート×テクノロジー|「野生の思考」の解説を読んで。

レヴィ=ストロース「野生の思考」を中沢新一氏が解説している100分de名著を読んだ。

正直、難解すぎて理解できなかったが、レヴィ氏の言う「構造」というものがどういう概念・考えなのか、ということは、人間の顔と魚を方眼・バランスで表現した図を見てからほんの少しだけ理解できた気がする。

理解できないままでも思ったことは、未開人や先住民たちが自然界をよく観察して、そこから真理を追求してきたということが、現代社会に当てはめるならアート×テクノロジーなのだな、という事だ。

全ての学問が「真理を追求するためのカテゴリ・プロセス・アプローチ・観点の違いなだけ」と今は思っているのだが、大雑把にまとめてしまうと「アート」と言えるのではないか。

一方で、テクノロジーは人間社会をより良くするためのツールであって、現代の人間に受け入れられているのは、人類の根底にある「進化」という琴線に触れているということと、自らの進化によって逆に自分達を追い詰めている状況の解決・共存(例:自然/環境破壊による異常気象など)のために必要だからだと思う。

よって、テクノロジーは必要だし、これからも必要だし、同時に人類を進化させていくのだろう。

そして、その人類の真理を明らかにしようとしているのがアートであって、テクノロジーと主に変化・深海している人類の真理は変化し続けているわけだから、アートも同時に、人類を進化させるだろうし、人類になくてはならない存在だと思う。

アート×テクノロジーは、人の人たる所以を多角的に捉えつつも、現実社会に実装していくプロセスなのではないか。

起業した友人。

友人が起業した。

前々から個人事業主としてがんばっていたところ、今回、株式会社として新たにスタートすることになったらしい。

お祝いも兼ねて、久しぶりに夕食を一緒にとった。

話を聞くに、なかなかの見切り発車をしているが、それは機会損失というリスク回避と、伸び伸びになりそうな自分へのプレッシャーということだ。

なるほど、納得がいく。そういう動きをしないと、確かに、起業は一生できない気がする。

この友人は、人格者でありつつも情熱を持って仕事をしている、稀有な存在で、僕にとってとてもありがたい存在だ。お互いの将来やビジネスについても語り合うことができる。

大変なことも多いだろうが、こうやって定期的に連絡取り合って語り合うことができて、きっとビジネスでも連携できると思うから、心強い。ご縁に感謝、だ。

マルタに行ってみたい。

ひょんな事から、マルタに行ったことがある方の話を伺うことができた。

中学生の時に、「猫の国」と紹介していたNHKの番組をたまたま見たことがきっかけで、行きたいと渇望していたようで、行けたことにとても満足されていた。

聞いたことがない国だったのでググってみたら、地中海に浮かぶ人工55万人くらいの小さな国で、The 地中海という感じの街並みで、とても魅力を感じた。

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マルタの写真

街の茶系と、地中海の青、そして空の青が、なんとも言えない絶妙なバランスで、うっとりリラックスしてしまう。

これは行ってみたい。「行きたいところリスト」に追加した。

ところで、最近、イタリアに興味が湧いている。料理も、文化も、地中海も。そんな中、マルタの話をたまたま聞けたのは、どことなく縁というか運命的なものを感じてしまった。

こういう人生の流れのようなものは、大事にする性格だ。きっと実現する。

英語で人助け。

電車に乗ろうとしたら、駅員さんに色々と聞いている外国人の男性がいた。

たまたま同じ車両で隣になった。乗るまでも、キョロキョロしたり、手持ちの印刷物をしきりにチェックしていた。

「きっと、観光客で初めてだから迷っているんだろう。声かけてみようかな」と思いつつ、「けど、英語自信にないし」と躊躇してしまった…。

が、よくよく考えたら失うものは何もないし、ここで声かけしなかった方が後味悪いだろうし、英語の良いトレーニングと思えばプラスしかないな、と気づいたので、話しかけてみた。

もちろん、相手は英語ペラペラ。対して僕は、言いたいことの2割くらいしか言えない状態。少し話をして、うまく会話できなくて、けど最後には「声かけてくれたありがとう」と言われた。

で、そのままで終わりたくないので、結局、自分が降りる予定の駅じゃなくて、その方が降りる予定の駅で一緒に降りて、バス停まで案内して、バスに乗るまで見守った。

振り返ってみても、やっぱり失うものは全くなくて、得るものばかりだった。2割しか言いたいことが言えなくて忸怩たる思いをしたけれど、逆に英語勉強のモチベーションが高まったし、思い切って行動した自分を褒めてあげたい。よくやった、自分。清々しい気分。

ちなみにその方、バレー日本代表のコーチだった。これも何かのご縁なのかもしれない。

https://ragincajuns.com/sports/womens-volleyball/roster/coaches/bruno-chateau/1246

次からは、躊躇せずに声をかけよう。だって、楽しいことしかないもの。

あと、英語のスピーキングも練習あるのみ、と実感。一人二役で「妄想会話」をしてみようと思う。次は、もっと楽しい英会話ができるはず。楽しみだ。

優先度。

自分にとって大事なことだけに集中したい。

会社に属していると、そうも行かない。雇用関係を結んでいる以上、会社の指示に従うことが基本。労働と時間の対価として、お給料をいただく。

とはいえ、バランスが大事だ。言われるがままというのは、違うと思う。

自分がやりたいこと、かつ、自分にしかやれないことを整理して厳選して、その他は周囲に依頼するのが理想。

周囲のWinにも、自分のWinにもなるように、仕事を依頼することが、これまた難題。けれど、Win-Winになるように常に考えることは必要だと思うし、おもしろそうだし、自分の時間確保にもつながるといういい事づくしなので、トライしている。

trauma.

無意識に人に合わせようとしていたり、答え合わせをしようと不安がっている自分がいる気がする。

自分自身の生まれ育った環境を振り返ってみて、影響を受けている事は多数あると思う。

ふと、これも一種のトラウマだと思った。

そして、トラウマと思うことができたのだから、克服することもできる、とも思った。

随筆、散文。

エッセイって何だっけ?と思って調べてみる。

随筆、と出てくる。さらに調べてみる。

散文、と出てくる。さらに調べてみる。

情趣がない文章、と出てくる。要するにおもしろみがない文章、ということらしい。

何を持っておもしろみがある・ないと言うかは気になるが、もうこの辺で調べるのを辞めた。

思ったことは「やはり言葉は気持ちを伝える道具としては完全じゃないし、むしろ不器用なんだろう」ということ。

しかし一方で『だからこそ先人がこれまで気づきあげてきた叡智があるもの』とも思えた。

「気持ちを完全に伝えることはできないかもしれない」が、『言葉だから伝えることができる気持ち』もあるのではないか。

エッセイは、そのための一つの手段だと思っているし、だからこそ「おもしろみがない」とは言わせたくない。

時代は移り変わっている。現代での「おもしろみがない」は、昔とは異なるはず。

こう考えると、程よいガッツが湧き上がってきた。エッセイという文化をさらに押し上げるとかだいそれたことは考えていないが、それでもそういう類の一部になる気持ちで書いていこうと思う。

文章を書くこと。

小さい頃から、文章を書くことは苦手ではないし、理系の道に進んだものの、元来「文系人間」だと自分でも思っている。

好きな教科は国語。苦手な教科は算数と数学。

国語が苦手な人の言い分は「はっきりと答えがでないこと」だ。テストでも「筆者の気持ちを考えよ」みたいな問題は、みんなは嫌がりがちだが、僕は好きだった。

確かに、「他者の気持ちは分からないから、書いた内容に点数を○☓をつけられるのは納得いかない」という意見には賛成だし、そもそも僕が好きなのは、テストの構成的に、問題となる文章の近くに答えがある、というシンプルなものだったからなのかもしれない。

とは思いつつも、やはり国語は好きだし、作文も苦手じゃない。正直に言うと、周りのみんなが毛嫌いしていることに共感できなかった。

さらに、今の会社に入ってから、幸いにも素晴らしい先輩と出会うことができ、論理的な思考やら文章の書き方やらを叩き込んでいただいたので、ことさら苦ではなくなった。


さて話は変わるが、僕は10年以上前からブログを書いている。

ブログ自体は、構築しては閉鎖しを繰り返しているので、個々では短期的かもしれないが、トータルではやはり10年以上前から何かしら書いているのだ。

ブログが「ウェブログ」と言われていた時代から書いている。「ウェブ+ログ(記録)」の造語として出てきたウェブログは、一般に普及するに従って、その名を「ブログ」に変えてきている、と記憶している。

僕がブログに取り組む目的も移り変わってきた。最初は「単なる興味」。次はアフィリエイト、Google Adsense、といった具合に、今で言う「副業」的な目的へと変わっていった。そして、一時期は全く更新しなくなる。他の事柄の優先度が上がったためだ。

ブログ運営の王道は「テーマを絞る」だけれど、どうしても絞りきれなくて、絞ることが苦になるとういか本末転倒になってきたので筆が止まった。けれど、ブログ自体はどことなく残していたし、気にもなっていた。

そしてある日思ったことは「ある程度絞っておけば良いし、自分のための自分ログ(記録)として続けたら良いのではないか。”自分が学んだこと”というテーマであれば絞ったことになるかもしれないし、世界のどこかの・だれかのためになるかもしれない」と思いついて、今に至っている。

自分のためにやることであれば、戦略とか戦術とか考えなくて良い、すなわち読み手に媚びなくて良いから気楽だ。そもそも、興味本意で始めたことで、いつの間にか自分で自分を縛って圧迫させているなんて変だ。

こういう風に考えを転換させたら、途端に文章を書くことが楽しくなった。そして、もっと「良い文章」を書きたくなった。


さて、良い文章とはなんだろう。マスターべションでも良い、自分が「読みやすい、おもしろい」と思えるような文章が良い。まずはそこからにしよう。

作文は嫌いじゃないし、会社でも文章について学んだ気になっている。だから、最初は誰にも学ばずに文章を書き始めた。そして、自分の文章を読み返してみる。なるほど、足りない。

大きく足りないのは間違いないが、そうではなくて、その前に小さく何かが足りない。きっかけというか、そういう「感覚」に似た何かをつかめば、もっと良い文章がかける気がする。

お手本が必要だと、いくつかの本や文章をことさら意識して読んでみて、辿り着いたのが「さくらももこ」だった。

さくらももこさんの『ひとりずもう』は、最初に読んだ時から僕の「人生の一冊」となっていて、何度も再読していた。お手本を探していく中で、当然のごとく自然と手が伸びて再読した。

やはり良い。内容ももちろんだが、文章の一文字一文字が素晴らしい。「自分の理想の文章」が何なのかまだ分かっていないけれども、それに限りなく近い気がする。

残念ながら、氏はすでに他界されているので新作は望めないけれど、残された文章を読ませていただいて、自分の文章の糧とさせていただこうと思う。いつの日か、「自分のため」という枠を自然と超えて、読み手にとって良い文章を書けるようになることを目指す。

The Struts – Could Have Been Me

見た目は尖って弾けている感じ。歌詞も若気が至っている感じだけど、どことなく優しく丸いので好感が持てる。

人生やりたいことをやり遂げたい、後悔はしない、という強い思いを感じる曲。

「Never look back and say Could have been me.(振り返って言いたくない「自分だったのかもしれない」なんて)」という部分が、やっぱり良い。やり尽くしたいという感情が伝わる。

青臭いと言われるかもしれないが、青臭いことこそ大事だと思っているので、自分を励ますためにも、この手の曲は定期的に聴いている。この曲も、その仲間入りとなった。

Don’t wanna live as an untold story
Rather go out in a blaze of glory
I can’t hear you, I don’t fear you
I’ll live now cause the bad die last
Dodging bullets with your broken past
I can’t hear you, I don’t fear you now
Wrapped in your regret
What a waste of blood and sweat
Oh oh oh

I wanna taste love and pain
Wanna feel pride and shame
I don’t wanna take my time
Don’t wanna waste one line
I wanna live better days
Never look back and say
Could have been me
It could have been me
Yeah

Don’t wanna live as an unsung melody
I’d rather listen to the silence telling me
I can’t hear you, I won’t fear you
Don’t wanna wake up on monday morning
The thought of work’s getting my skin crawling
I can’t fear you, I don’t hear you now
Wrapped in your regret
What a waste of blood and sweat
Oh oh oh

I wanna taste love and pain
Wanna feel pride and shame
I don’t wanna take my time
Don’t wanna waste one line
I wanna live better days
Never look back and say
Could have been me
It could have been me
Yeah

Hey

I wanna taste love and pain
Wanna feel pride and shame
Don’t wanna take my time
No
Don’t wanna waste one line
Hey Hey

Wanna live better days
Just better
Never look back and say
Could have been me

It could have been me
It could have been me
It could have been me

I wanna taste love and pain
Wanna feel pride and shame
I don’t wanna take my time
Don’t wanna waste one line
I wanna live better days
Never look back and say
Could have been me
It could have been me
It could have been me
It could have been me
Yeah

Hey

I wanna taste love and pain
Wanna feel pride and shame
Don’t wanna take my time
No
Don’t wanna waste one line
Hey Hey

Wanna live better days
Just better
Never look back and say
Could have been me