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「ひとりずもう」を読んで。

さくらももこさんの「ひとりずもう」は、僕の人生の一冊だ。

再読することは滅多にないが、ひとりずもうは、何回も読み直している。

ふざけた文体。

さくらももこさんと言えば、その独特の作風が挙げられるだろう。斜に構えた感じというか、シニカルさも満点に、多くの人が言えないような事もズバズバ言い放つ。

それは、アニメ「ちびまる子ちゃん」を見ていても分かると思う。あの内容が、もう少し鋭角になったような表現が多いと、個人的には思っている。

「自分の人生は自分のもの。人の目を気にしなくてよい」という感じが伝わってくるから、一見ひどいなぁと思うことも、よくよく考えると真理をついた内容であったりするので、あなどれないというか、表面的にだけ捉えないように、と思っている。

テーマは青春。

「もものかんづめ」、「さるのこしかけ」、「たいのおかしら」と読んできたが、どれもFunnyという意味でおもしろい内容ばかりだった。

特に、もものかんづめの「メルヘン翁」は、故人の表現の仕方に、幼心ながら衝撃を受けた。笑い転げたものだ。

「ひとりずもう」も前半は同じようなテイストだ。さくらももこさんが小学校→中学校→高校→と進んでいく中で、思春期を迎え過ごしていく心情を綴っている。ここも、さくらももこワールド全開という感じ。

ただ、後半は異なる。というか、観点や目線や考え方・捉え方は同じなのだが、自分の進むべき道、進路や将来について彼女なりに真面目に考えているからだ。

人それぞれ、将来について考える時期はあると思う。僕もあったし、日々考えている。

だからこそ、さくらももこさんがどう考え、そしてどういうストーリーで作家になったのか、その描写に心を打たれた。

特に、ターニングポイントとなるシーン。これまでどの小説やマンガや書籍を読んできたが、あれだけ表現・色彩豊かに、かつストレートに描写できている文章を読んだことがない。

それぐらいの衝撃だったし、胸を掴まれてしまった。自分にも同じシーンが訪れてほしいと、渇望した。

文章を書く、という才能。

さくらももこさんは、文章を書くことが本当に好きなのだろうと思う。才能もあるかもしれないが、ごくごく自然に、呼吸をするように文章を書かれていたのではないだろうか。

だから、読む方も肩肘張らずに吸い込むことができて、はははと笑ったり、考えさせられたり、自分に置き換えたりを、無意識にできるのではないだろうか。

作家は他にもたくさんいらっしゃるが、このような文章をかけるようになりたいと思ったのは、さくらももこさんだけだ。

いろいろな意味で魅了される「ひとりずもう」。これからも読み続けるのだろうと思う。

プラトーが何かを知れば、上達までの道のりが楽しくなる、かも。

何かを上達しようと取り組んでいると、途中から「成長が感じられなくなる状態」がやってくるものだ。この状態を「プラトー」と言うらしい。

取り掛かりの最初は、今までにない経験ができたり、知らない知識を得ることができるからテンションもモチベーションも高く取り組むことができる。

しかし、途中からこのプラトー状態になる、即ち、成長を感じることができなくなってくるから、おもしろみがなくなってくる。

多くの人は、このプラトー状態で脱落してしまうようだ。だから、多くの人が上達できずに終わる。

逆に一流は、プラトー状態でも取り組みを続けるらしい。なるほど、継続は力なりは、やはり本当なんだろう。

プラトー状態を知らなくても継続できる人は、すごいと思う。成長を感じることができないのに続けるって、よほど好きなのか、よほど目標があるのか、ワクワクしているのか、という状態だろう。うらやましい。

僕の場合は、そういうワクワクする目標になかなか出会えなかったというか、見つけることができなかったので、プラトーという状態が存在することと、どういうものかを理解できることは、とても参考になる。

知識は人を助ける。

今まで数々のシーンで思ってきたことだが、今回も改めて思わずにいられなかった。

本は、「積む」ではなくて「立てる」。

「積ん読」という言葉を聞いて久しい。読みたい本をリストアップしておくとか、読みたいと思って買った本が多くなって、読まれずに重ねておいてあるような状態をさす、と理解している。

積まれた本たち。これはこれで好きだけど…

ご多分に漏れず、僕の自宅にも多くの「読まれるの待っている本たち」があって、積まれてしまっている。早く読みたいという気持ちはあれども、気づいたら逆に、待っている本たちが増えている始末。

「目標は紙に書いて、壁に貼っておけば叶う」という事は有名だけど、要するに、自己暗示に近いものがあったり、エビングハウスの忘却曲線を意識していたり、脳のRASという機能を活用している、という仕組みは理解している。

だからこそ、本もちゃんと見えるように整理した方が良い、という思いに行き着いた。好きな本に囲まれていることが一瞬で分かると、モチベーションも上がるはず。

早速、部屋を整理する、というか、横積みしていた本を立てて並べてみた。所狭しの自宅だが、なんとか全部を立てることができた。

思ったとおり気持ちがいいし、本も幾分か喜んでくれている気がする。それに、好きな本たちに囲まれていると、やはりモチベーションもあがる。

本を立てるだけで、これほどのプラスの効果が出てくるのだから、なかなか侮れない。きっと、これで読書スピードも上がるはずだ。

巡り会えた本たちに感謝しつつ、自分の血肉となるようにお付き合いしたい。

通信会社が自動車メーカに特許料要求。これも新しい時代の流れか。

自動車が「移動のビジネス」から「空間のビジネス」と言われるようになって時間が経過したが、構想から実装へとシフトしていっているのは明白だ。

そんな中、以下のニュースは、実装が進んでいて現実から普遍となる機運が徐々に高まっているな、と感じずにはいられなかった。

ノキアなど通信48社、車の特許料要求 トヨタなど3社に、つながる車、技術戦略に転機

今までは、車と通信は関係なさそう、もしくは関係が遠そうというイメージだが、コネクティッドカーとか5G・6G、自動運転という技術革新と、自動車との融合が進めば、関係性が高くなるどころじゃなく、一体となるわけだ。

技術や人類の進化は続く、ということだな、としみじみと感じてしまう。

通信技術について、各社から、自動車メーカへ特許料が要求されるとは、自動車メーカも当初は考えていなかっただろう。検討を進めるうちに、これはまずいな、と気づいたのかもしれない。

個人的には、さらに自動運転が普遍的なものになって、空気のような存在になる、かつ、国策として自動運転技術の革新を進めるような流れになれば、特許料は国が支払うことになるのかもしれないな、と思っている。

企業戦略は置いといて、一消費者としては、利用料は安いにこしたことはないな、と思ってしまうのだった。

お金って、分かりやすいニーズなんだ。→改めて実感した話(継続中)

最近、お金の勉強にはまりつつある。

ローカルビジネスを成功させるためにも、自分と周りの人生のためにも、必要な知識だなと思ったからだ。

本当に、「お金の勉強」について日本教育は義務教育化していない。これって、なんでだろう?(今の日本教育は、…←こういう話は避けておこう)

兎にも角にも、今更ながら再起を図るべく勉強中。これが、意外と楽しい。

自分はお金にそこまで興味がない人種だろう、と思っていたのだが、どうやら食べず嫌いに近かったらしく、少し勉強し始めたらおもしろい。

新しい知識を得ること、そして得ることよってドーパミンも出ているということが要因だと思うが、資本主義社会でお金の知識を得ることはプラスになれどもマイナスにはならないわけで、自分の周りにレクチャすることで、少しは幸せにできそうだ、と分かってきたからだ。

それに、会計の知識もまずはザクッと調べてみようと思っている。これで会社経営についてのイメージが感触を少しは得ることができるはずだ。

お金と会計の勉強。これに社労関係の勉強。

ローカルビジネスを起こして広めていくための手段として、起業することはアリと思っている。ローカルビジネスで周りを幸せにできるって、かなりワクワク。

このワクワクのための第一歩としても、日々、お金の勉強に勤しむことにする。

ところで、金融商品って本当にたくさんあるし、そして分かりづらい。専門的な用語?というか、特殊な用語がたくさんある。一方で、チャレンジする人もたくさんいて、知識がない人も多いはず。だから、カモにされる。

行動しない人がほとんどの中、お金のために行動する人の割合は、それ以外よりも高いような感覚を得ている。それだけ、お金はニーズとして成立しているんだな、と。

人間の欲望とか社会の仕組みとか。渦中ではなく客観視するように努めつつ、よく観察していこう。

入門編 ゼロから始める!投資信託

人の目を気にしない人生って、本当に楽になると思う。

人の言うことは気にするな。
「こうすれば、ああ言われるだろう」
こんなくだらない感情のために、どれだけの人がやりたいことも出来ずに、死んでいくのだろう。

ジョン・レノン John Lennon

この言葉に尽きると思う。

特に日本人は同調圧力が強い人種だし、人間の成長において環境はとても重要なファクターだから、世代を超えて日本人が人の目を気にするのは仕方がないことだと思うし、これからも続くのだろう。「日本民族」の特徴なんだろうな。

けれど、いつも思うのだけれど、周りの人(即ち他人)は、自分の人生を保証してくれるわけじゃないから、そもそも、気にする価値がない。

ゴシップや噂話、好きな人が結構いるけど、そんなことに時間を使うなら、自分のために時間を使った方が良いと心底思う。

資産運用の勉強をして、最初は自分の労力と時間を使ってランサーズなどのクラウドソーシングでキャシュを確保して、そこからお金を増やしていくとか、ボランティアするとか、ブログを書くとか、そういうことに時間を使った方が自分自身のためにもなるし、場合によっては社会のためにもなるだろう。

結局、自分と同じ世界に引き込んで、もしくは自分の世界を守って、安心を感じたいだけなんだろう。

人の目を気にするな。

自分のやりたいように、やればよい。

自分ヒストリーを、ブログに。

ブログでもTwitterでも何でもそうだが、「発信するテーマを絞る」は、ファンやフォロワー数を伸ばすためのポイントとして常に言われているポイントだ。

分かっているものの、僕はテーマを絞りきれずにいた。今思うと、何かの専門家ではないから、なのかもしれない。

とはいえ、ブログは書き続けたい。自分のログにもなる。己を省みることは楽しいし、成長につながるから、定期的に行いたい。だから、書き続けたい。

特定のテーマにしぼって専門家 or 詳しい人になるように頑張るか…、できるのか…?など考えていたが、やめた。

書きたいように書く。

これが一番だ。ストレスがないし、なにより楽しい。何を書いても届かない人には届かないし、届く人には届く。それでいい。

それに、未来を考えると、きっと学歴社会から「学習歴社会」になる。僕は信じているし実現したい。離島教育には必要だと思っている。正確には、離島や地方に住んでいる人にこそ必要だと思っている。

最近(2022年1月7日)に、デジタル庁も「教育データ利活用ロードマップ」を発表しているが、似たようなビジョンだった。

デジタル庁)教育データ利活用ロードマップを策定しました

ということで、自分が書きたいことをコツコツ書いて、「僕はこういう人ですよ、こういう考えでこういうプロセスを踏んで生きてきてますよ」ということを、ブログとしてまとめ、発信していこうと思う。

この記事も、例えば20年後とかに振り返ってみて、笑っている自分がいるかもしれないし。

Googleカレンダーの画面でGoogle Keep →タスク管理に最適かもしれない。

日々のタスクやToDoを管理している。毎日、たくさんの事が起こるから、アップデートも一苦労だ。

特に「あれ?今日なにやったっけ?」とか思うくらいの多忙な日は、スケジューラを見ながらまとめると効率が良い。なぜなら、スケジュールを見ながらその日に起こったことを思い出しつつ、アップデートできるからだ。

今日もTodoアップデートの作業をしていて、今更だけど、ふと「Googleカレンダーを表示したら、右側にGoogle Keepを表示できるよな…」と思い出して、実行してみた。以下のような感じ。

カレンダーを見つつ、思ったことをKeepにメモする。

GoogleカレンダーにKeepを表示

画面右側がGoogle Keepの表示エリア。この「メモを入力」をクリックすると新規メモ作成となるので、画面左側のスケジュールを見つつ、気になったことを記載すればOK。

これ、思った以上に効率が良いし、抜け漏れもなくなる気がする。予定はTodoレベルも含めてGoogleカレンダーで一元管理すれば、スマホと同期もバッチリなので、リマインダも通知されて忘れることもない(or軽減される)。

しかも、Googleはマルチデバイス対応だから、Apple製品でもAndroidでもWindows端末でも、どの端末でも同期できる、という点もすばらしい。どうしても、仕事上Windows端末を使わざるを得ない僕としては特にありがたい。

ちなみに、Keepだけでなく、同列のアイコンをクリックすれば、Todoリストなども表示できるので、僕は買い物リストなど、ちょっとしたことをTodoリストとして管理している。そして、買い物に行った時は必ずスマホで表示するようにしている。

習慣化するまでは忘れがちだけど、忘れる→気をつけようと思う→忘れる→…を繰り返すと、いずれ習慣化できるので、買い物に行った先で必ずチェックするようになって、買い忘れないようになる。

今回の最大の発見は「Googleカレンダーをみながら」、Keepメモを取るという点。

スケジュールもTodoも、スケジューラで一元管理することは非常に大事なので、Keepも加わったこの運用をしばらく続けて、自分に合ったスタイルなのか検証しようと思う。

「ペンで紙に書く」という行為の効果

スマホが当たり前になっていたり、情報過多になっている現代。本当の意味で「休息」を取ったり、脳を休めたりすることに、改めて意識を向ける必要があるのではないか。

端的に言うと、日々「スマホを全く見ない(本体からして)」という時間を設けることが大事だと思う。スマホやアプリは、通知などの仕組みで、人間の本能に訴えてくる。こうなると意識しなければ、人間はいつまでもスマホの奴隷と化してしまう。

「ペンで紙に書く」という行為は、メディエーション・瞑想と同じだな、という認識。黙々と目の前の作業、すなわち書くという行為に集中することで、思考をノイズから遠ざけて集中することは、脳にとっても良いはずだ。

以下の記事は、参考になる情報がまとまっている。個人的には、ジャーナリングだけでも十分な効果を得られると実感している。

それに、スマホやPCだと、寝る前の利用は避けたい。すなわち、利用が制限させるということなので、いつでも対応できるペンと紙って、やっぱり最高なんだと思っている。

宣言。

離島教育・地域ビジネスにチャレンジする。

儲からない要素ばかりだから、取り組む人って少ない領域。多分、大変なことばかり。

とはいえ、何年経っても教育・地域は頭から離れないワード。だったら、思い切ってやってやろう。チャレンジだ。

そのためには、事業計画、事業戦略、キャッシュが必要だ。

そのために、ビジネススキル、マネースキルを「早急に」身につける必要がある。

ビジネススキル→副業から着手して起業する。

マネースキル→資産運用に取り組む。

楽しんでこそ、一度きりの人生。我慢しない。